地球外生命体の日々

ただのバンドとアイドル好き

やさしくなりたい

 

 

どうも。

 

前々回、やってるゲーム紹介するぜ、なんて言いながら前回は謎の自分夢語りしちゃってなんか申し訳ないな、と思いつつ、ゲーム紹介は控えておこうと思います。所謂垢バレが怖いので(もうバレてるかもしれないけど)。

 

まあ前回あんな気持ち悪い夢語りしちゃってから、一応少しずつ進めております。

それと同時に、自分自身のこれまでの人生もよくよく振り返ることが多くなりました。

 

一応最初に言っておくが、私は決して自分が悲劇のヒーローだったということを述べたいわけではない。自分はかわいそうな人間なんだということが言いたいわけではない。ただ自分を振り返っただけ。それだけは伝えておく。

 

自分の性格的に、人に強く怒ることが出来ないんです。よっぽどの理由がない限り。これは多分父親譲りの性格だと思う。この性格が良くも悪くも今まで働いてきました。

良く思われたケースでは「優しいなぁ」と思われ、悪いケースでは「こいつは何言っても言い返してこないぞ」と思われました。

だから私の青春時代は人にとにかくイジられた人生だった。それが良くも悪くも働いた。

良く働いたケースは、友達が沢山出来た。「優しい人だ」と思われて、それで友達が増えた。

悪いケースは、こっちが「もうやめて」と言っても「そんなことないくせに〜」と言い続けて永遠にいじってきたこと。私が強く何も言い返さないから。これがとにかくエネルギーを使うことだから本当にやめてほしい、と何度も言うが、「あんたなら大丈夫っしょ」と謎に言いくるめられて、ずーっといじられてきた。

それでも大事な青春時代、友達が減ること、敵に回すことは特に避けたかった時期なので「私が我慢しておけばこの場は穏便に済むんだ」という思い込みがどんどん構築されていった。

イジられることは、本格的なイジメよりかはダメージは軽いものだが、精神的にかなり疲労感を与えてくる。でも私さえ我慢すれば。その精神で青春時代は終わった。

友達は出来た。なんだかんだ楽しかった。

けど、疲れた。

 

それからかな。

「私さえ我慢すれば、どんな場面も穏便に済むんだ」という強い思い込みが完全に出来上がってしまった人生を送ったのは。

大学でも友達は出来た。楽しかった。

けどそんな思い込みが構築されてしまったせいで、かなりの情緒不安定人間になってしまって、時々死ぬほど不機嫌で登校することもあったりして、友達を困らせたことも何度かあった。

 

楽しいと思うことは友達といてたら幾らでも出来た。

でもその先の「腹を割って話す」ということができなかった。

 

そして社会に出ても、その強い思い込みは結局崩れ去ることはなく、そして、あっけなく壊れた。

 

そして今、考える。

「私は一体どうすれば良かったんだろう?」

「私はどうして欲しかったんだろう?」

 

私は「相談」がとにかく出来なかった。

とにかく「誰かに弱音を吐くこと=悪」という思いが強くて、誰にも頼れなかった。

「私ごときが弱音を吐くなんて有り得ない、頼るなんてそんなこと絶対出来ない」ずっとそう思っていた。

そしてそれは今もある。自分でも思うが、クソみたいなプライドだ。捨ててしまいたい。

 

話を少し逸らす。

私は車の運転が本当に好きだ。

その理由が「全て自分の判断で好きなように出来るから」である。

勿論交通ルールは守った上での話だが、自分の判断でスピードの強弱や、安全確認や、誰にも邪魔されることなく全て行うことが出来る。運転している時、自分自身がとてつもなく開放感に満ち溢れる。これは自分でも引くエピソードなんだけど、本当に永遠に運転出来るから、この休み期間中、引越し作業も兼ねて埼玉⇆滋賀間を2往復は運転した。それが全然苦ではないと思うくらいには運転が好きなのだ(家族から何度もビビられた)。…私、このエピソード言って免許さえ取ったら秒でトラックの運ちゃんになれそう(笑)。

 

同じような理由で、ライブも好きなのである。

「こんな私でも自分の判断で、好きなように自由に楽しんでいいんだ」その感覚がライブにはあるから好きなのだ。

自分が好きになったアーティストのチケットを自分の手でチケットを手に入れ、生で見て興奮して「こんな自分でも楽しんでいいんだ」と思える場所だ。そしてその興奮と開放感は特にライブハウスに現れる。だからライブハウスという独特の空間が大好きなのだ。

だからライブに関して心ない発言をする人を本当に許せない。私にとっては誰になんと言われようが大事な心の拠り所なのだ。

 

 

話を戻す。

私はとにかく口下手で不器用な人間だから、0か100の判断しか自分に下せない。そうしないと自分自身が納得しないからである。だから同じような感覚をおそらく持っているであろうすばるに特に惹かれるのだ。エイトを抜ける決断をした時も「ああ、なんかすばるらしいな」と私はその時思った。

だから「(誰かor何かへの)甘え=悪」っていう思い込みが激しく、とにかく依頼された仕事は全て引き受けて、自分が納得するまでやらないと落ち着かない性格なのだ。だけど仕事には何でも納期があるから、納期に間に合わせる為に必死になる。そして「私が誰かに甘えたところで誰も得しないだろう?相手をより困らせるだけだろう?」と思ってた先に待ち受けていたのは、自我の崩壊だけだった。何にも残らなかった。ただ私がキャパオーバーしてしまって、沢山迷惑をかけて、余計に苦しんだだけだった。「自分勝手な女」と決め付けられただけだった。仕事としては0点だと今でも思う。

 

自分が壊れた時、職場で涙が止まらなくなった時、先輩に初めて「助けて下さい…」と呟いたとき、先輩は

 

「その言葉を待ってたんだよ」

 

と優しく言ってくれた。

その時、また涙が止まらなくなった。

 

「ああ、私はこの言葉が欲しかっただけなんだ」

と、そのとき思った。

 

ずっと、自分を一言でいいから肯定してくれる言葉が欲しかっただけなんだ。

案外結論は単純だった。

 

 

私は神様でも仏様でも完全な善人でもないから、これまでの人生間違ったことも沢山行ってきた。

そもそも自分に「善人になる資格はない」とさえ思っていた。

 

だけど。

今の世の中、どうしてこんなに「悪口」「陰口」「承認欲求」で溢れ返った社会になっているんだろう?

今は「ネットに人が殺される」と言われるほどで、何かあったらすぐネットに悪口を書き込み、その人を精神的に追い詰め、最悪の場合命を落とすまでに至る。

「悪口」「陰口」「差別」「愚痴」「ストレス」そんな言葉で溢れかえっている日本。今も頑張ってくれている医療従事者にさえ差別発言を行う人。「なんでこんなこともできないの?」と相手の悪い部分しか見てくれない仕事相手。褒めようともしない。この国に「優しさ」は消えてしまったのか?

「みんな、疲れないのかな?」そんなことばかり脳裏をよぎる。

 

これまでの人生、私は人に優しく出来ないことが多かったけど、それの償いと言ってはなんだけど、私がかけられて嬉しかったこと、「自分を肯定してくれる一言」をかけられる人に今度はなりたい。という思いが今のご時世を見ながら、段々と強くなっていった。

「私はダメなんだろうか…」という問いに、「そんなことなんて、全くないよ」っていう、その一言が私はただ、欲しかっただけなんだ…。欲しかっただけだし、今でも欲しい。そしてそんな一言が言える人間になりたい。でも、今こうやって休んだ経験によって、その一言をかけるくらいは出来る気がする。

そして、絶対こんな「助けてほしい」思いをしてるのは私だけじゃないはず…と今のご時世を見ていて特に思う。

 

私は今一人暮らしをしていて、まあ所謂「なんでも一人でこなさなきゃいけない」環境にいて、自分と真逆の人間、つまり「自分で何もできない人間(なんでもかんでも人に頼る人)」を酷く嫌う性格になってしまったのだが、時々この性格が特に女友達から「羨ましい」と言われる。「なんでも一人で出来るなんて偉いよ、羨ましいよ」なんて言われる。普通こんなことを言われたら喜ぶのが自然だが、私にとっては悲しすぎる言葉なのだ。

「なんでも一人で出来てすごいね、羨ましい=別に周りに誰もいなくても大丈夫でしょ」なんて勘違いを起こしかねないからだ。そして私からすると、人に甘えられる人の方がよっぽど羨ましいからだ。

 

本当は私はそんなことない。

私だって、「寂しい」という感情くらい、ある。

だけどそれを感情に出してしまうと0か100の人間なので本当に頼りっぱなしになってしまう気がして、言えないだけだ。

私にだって「寂しい時に寂しいって言っていいんだよ」って言えるような相手くらい、欲しいとは思ってる。

そんなことを思って時々、ほんと時々、めちゃくちゃ泣いた日だってあった。

「寂しいんだ、バカヤロー…」と天井に向かって嘆いた日も沢山あった。

 

 

前に記事でも紹介したのだが、本当にゆずの岩沢氏の曲が素晴らしくて毎日励まされている。

ホント聴いてほしい(謎の圧力)。

 

繰り返すようで申し訳ないが、全国民にとりあえず聴いてほしいのが岩沢氏の作った「値札」と「スーパーマン」。

値札

値札

  • ゆず
  • J-Pop
  • ¥255

この歌に毎日励まされている。

シンプルな曲調だが、「自分の価値が誰かに簡単に値札がつけられてしまうような人間にはなりたくない」と謳うこの歌がめちゃくちゃ好きなのだ。…なんか日本語おかしいな…(笑) 正しい日本語、教えて林先生(笑)。

とにかく!人に簡単に自分の価値を決めつけられたくねぇんだよ!って曲で好きなんですよ!!(笑)

 

私だって、誰かに簡単に判断されて価値を決められてしまう人間になんてなりたくない。自分の価値は自分で決めたい。

今までずっと「こいつは怒らないから何でも言っていいだろう」とか「ブスは近寄んな」とかまあ散々言われてきたけど、そんなもんで判断されたくない。そもそも私は何も発言をしていない。

 

スーパーマン

スーパーマン

  • ゆず
  • J-Pop
  • ¥255

そしてこの歌は「私もいつかこんな人になれたらいいな」と思わせてくれる歌なのです。

大袈裟なことは全くないんだけど、ただ誰かのそばにいることでその人の支えに少しでもなれるような存在になれたらいいな、って思わせてくれる歌。大好きなんですよ。

 

お、そんなこと言ってたら明日ゆずさんが新曲配信してくれるのか。早速ダウンロードして聴いてみようかしら。

新曲、聴いたけど「そういうのでいいんだよ」と言わんばかりのギター1本で演奏してるシンプルなもので、とてもほっこりしました。

 

 

んで、堂本の剛さんがYouTubeにまさかの登場して、最近ブンブブーンも見てなかったからお久しぶりだったわけですが、なんかビジュアルめちゃくちゃ良くなってて「わお…///」と思ってしまったが(個人的には33分探偵時代のロクローさんを彷彿させるようなビジュアルでめちゃくちゃいいと思った)、その動画で「街」を弾き語りして、まあ泣いたよね。

「嗚呼なんてこの人は素敵な心を持っているんだろう…」と思いました。

そうそう、遂に桜井おじさんがジャニーズに曲提供するってニュースを見てビックリでしたよ。絶対しねぇだろ、って思ってたから余計びっくりですよ。まあ本音を言えば桜井おじさんが歌ってほしいというガチ願望

 

そんな感じで私の周りの音楽は優しいものばかりで本当に嬉しいなぁ…と思っております。

…なんの話してたっけ?(笑)

 

自分がいて嬉しかった人間に自分が近付きたいと思うのは人間としてごく自然な感情(所謂憧れってやつ?)だと思ってるので、あとはそこからの努力次第だと思ってます。

その一言をきちんと言うために、自分の学びが必要になってくる。そして今この期間自体がそれを学ぶ経験になっている。

 

優しさが掠れている世界で、少しでも優しい人間でいられたら、と強く思う今日この頃でした。

 

というか、悪い人がいなかったら警察は要らない理論と同じで、追い詰める人さえいなければ私の目指す人なんて要らないんだけどなぁ…とも思ったり。何でこんなに追い詰める人だらけになってしまったんだろうね…。ホントヒトって悪い欲に溺れた生物だよなぁ…。

 

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ちょっとだけべんきょーしてるあぴーる。

 

おわり。