地球外生命体の日々

ただのバンドとアイドル好き

深夜のたわごと、きらいなせかい

どうも引っかかる。


私はどうやら「怒らない人」らしい。


先日久しぶりに会った動機にそう言われた。
「●●(私)って、ホント怒らないよね」って。
「怒らないから、誰からも愛される存在になってて、"みんなの●●(私)"って感じ」とも言われた。


果たして本当にそうなんだろうか?


確かに自分でもあまり人に対して激怒するということは出来ないとは思っている。


いやだってさ、怒ったところで状況って変わるの?

自分が怒ったことによって相手が直すという確証が得られるのなら、私は怒る。


でも、実際これでも怒ってるつもりなんだけどなあ。「怒る」というよりかは「憎む」と言った方がいいのかもしれないが。


「自分に部下が出来た時どうするの?」なんて言われたけど、そもそも部下を「怒る」ていで話を進めること自体がおかしいと私は思っている。「指摘」はするけど、「怒り」はしない。それじゃダメなのか。上司だからって怒ることに固執しないといけないのだろうか。怒ると指摘する、は全くの別の意味だと思っている。別に「優しい上司」なんて思われたいわけでもない。良いところは褒めたいし、改善すべき点は指摘はしたい。そして自分もそうされたい。そもそも私の第一印象、あんまり良くないからな。「怖い」「近付きづらい」「話しかけづらい」そんなことばかり最初はよく言われるものだ。実際私も愛想良く振りまくなんて微塵もしてないからそう思われても仕方ないだろう。そんな違和感だらけの愛想良く振る舞う行動より、今の自分を最初に見てもらって判断してもらった方が後々楽だ。だから私は時間が経てば人付き合いが良くできる方だと思っている。変に八方美人になった方が疲れるだけだ。上辺だけの関係が続いて泥沼になる方がよっぽど面倒くさい。



そして今までもそのスタンスは崩さないできた。

自分が何か不満に思ったことをその場で相手にはすぐには言わず、何か不満になることが積み重なって積み重なって、それが自分の中で爆発した時にしか相手には伝えない。


それが最も顕著に表れるのが友達との付き合いだ。
友達と関わっていくうちに相手に違和感を覚え始める。でもその時は「相手は自分とは違う人だから何かしら自分とは違う価値観を持ってて当たり前」と思うだけ。でもやっぱりその違和感が自分の中で消化しきれないと自分の中に不満が溜まっていく。会うたび会うたび同じ違和感を感じると、やはり不満は募る。そしてそれが火山の噴火のように爆発した時にようやく相手にことの旨を伝える。


例えば自分と遊んでる時にスマホばっかりイジる人。

多少イジる程度なら全然OKだが、皆が皆それを受け入れられていると思っては欲しくない。
むしろ今は目の前の私と遊んでるんだから、自分よりスマホが優先になっていては私のいる意味が無くなる。だから遊んでいても常に手にスマホを持っている人はあまり好めない。「君は目の前の遊びより画面上の相手の方が気になるのかい?だったら家に帰ってやれば?」そう思うのだ。もしそうするのが普通だと思っているのなら、それを受け入れられる人と遊べばいい。私はそれがどうも受け入れられないのだ。私は別に怒ったりはしない。「スマホの向こうの人と遊びな」と思うだけだ。だってそうじゃないか。目の前のことよりそっちを優先しているということは、私には興味がないと捉えられてもおかしくない状況なのに、本人はそれを全く気にしていないのだ。ここで価値観のズレが生じる。


そう言った不満が積もり積もって相手には何度か言ったことはある。そしたら皆「もっと早く言ってくれれば良かったのに」といつも返される。そう気付く前に自分で気付いてほしい、とは思うけど言わないと分からないことだってあるよな、とも思う。だって本人にとったらそれが「当たり前」なんだもんな。「相手は気にしてないだろう」って無意識に思ってるってことだ。



自分は「見た目」にかなりのコンプレックスを持っている。学生の頃はそれがキッカケでよくイジめられたりしたものだ。だからもう「見た目」だけで判断する世界なんて真っ平御免なのだ。だから私はその「見た目」で勝負している、「見た目」を全面的に売りにしている「アイドル」が嫌いなのだ。何が「見た目」だ。「カッコいい」「可愛い」人が優位になる世界なんて嫌いだ。全部嫌いだ。美男美女が得する世界になっていること自体が嫌いだ。そんな人たちに投資なんてしようとも思わない。アイドルのやる「カッコイイ」「可愛い」仕草になんか1ミリもときめかない。むしろそんなことをやって優位に立っている人間に憎しみが出てくるくらいだ。そんな世界より「自分が今出来ること」で勝負している世界の方がよっぽど好きだし、よっぽど魅力的だ。見た目なんて不潔でさえ無ければ正直どうでもいい。大事なのはその人の持っている「魅力」だ。「イケメン」「美女」と言う言葉がこの世の中で一番嫌いな言葉だ。そんなものを武器にして闘う世界なんて、私自身のコンプレックスを増長させるだけだから見たくもない。嫌いだ。


だからと言って「可愛くなりたい」なんて思いもしない。「綺麗になりたい」とは思うけど、「可愛くなりたい」なんて思わない。女だからって可愛くならないといけないのか?モテるから?好かれるから?愛されるから?知らないよ、そんなの。やりたい人だけやればいいじゃん。少なくとも私は今の身長体重に不満なんてないし、自分の見た目は大嫌いだけどこれと付き合っていくしかないと思ってる。痩せたらどうなんの?痩せれば痩せるほどモテんの?何その考え。無理に痩せるより健康な体を作る方がいいんじゃないのか?


なんで自分でもこんなに価値観が歪んでしまったのかと絶望する時もある。でも誰にだって変えられない価値観は存在するのだ。今までの積み重ねで、私の価値観は構築されてきた。だから揺るぐことはそうそう無いと思う。



私だって人に怒りたい。怒鳴りたい時だってある。だけど怒鳴って状況が変わるのかと言われたら、変わりはしないだろう。だったら別に怒る必要もないんじゃないか。それよりも物事をいいように捉えて相手に伝える方が相手もよっぽど気楽なのではないだろうか。相手が何か不満を言って「どう思う!?」なんて言われても「まあ仕方ないでしょ」としか言いようがない。「ヤバイねその人!!ウザいわ!!」なんて共感してほしいの?その方がよっぽどウザいよ?まあ、これも状況によりけりだけど。



だから「こんな考え誰も分かってくれないだろうな」と半ば諦めている。正直結婚も出来ないだろうなとも思ってるし、いいパートナーなんて見つからないと思ってる。こんな価値観と合う人なんて、よっぽどの変わり者じゃないといない気がするし。世の中に馴染めない存在。世間的には「変わり者」に属される人種。そう思ってる。






すばるが新しいサイトを立ち上げ、ファンクラブを開設した。


純粋に嬉しかった。


「ああ、彼はやっぱり"見た目"で判断されない世界で生きていきたいんだな」と私は嬉しくなった。


彼は「歌」という彼自身の「魅力」で勝負することを決めた。その決断は本当に嬉しかったし、とても応援したくなった。


だから早速会員登録もした。


「早くライブがしたい!」と彼は綴っていた。
私も早くあなたのライブが見てみたい。
あなたの構築する世界観を見てみたい。
何を思い、何を考え、どう音楽で表現したか。気になるのは、そこだけだ。


勿論関ジャニ∞に所属していたことも誇りに思っていることも嬉しかった。だけど私は彼を「見た目がカッコイイ」なんていう色眼鏡で見るつもりなんて微塵もない。というか思いたくもない。そんな世界は嫌いだから。


ここ最近のMr.Childrenも、コ●タケ呪縛から解放されてからは「狂気」に満ち溢れている。それまでの「ポップで優しい」というバンドのイメージから一変し、私は桜井さんの思考が「怖いな」と思い始めている。「現代のリスナーの耳を信用していない」と謳ってリリースされた「重力と呼吸」は、それまでの「優しさ」とは一変し、かなり独特な一枚になっているが、その「独特」がまた魅力的で惹かれるのだ。「本性現る」といった感じがして、ゾクゾクする感じがたまらないのた。



「イケメンは目の保養」「可愛いは正義」とかよく言うけど、何が「目の保養」だ、何が「正義」だ、って感じだ。どこぞやのよく分からんアイドルなんかより、「魅力」で勝負している人の方がよっぽど目の保養だわ。自分はブスだ。下の下レベルでブスだと思ってる。でもそんな私でも付き合ってくれてる人は本当に感謝している。「こんな私なのに」とよく思う。



イケメンなんか見てるより、目の前にある音を聴いてる方がよっぽど落ち着く。


そんなことを、なぜか「O.K.」を聴きながら思った。THE YELLOW MONKEYのツアーが開始したけど、今から楽しみで仕方ない。


O.K.

O.K.


私も何かの魅力ある人間になりたい。
今の私に魅力なんてないだろうな。

だからこうやっていつでも孤独なのだ。


おわり。