地球外生命体の日々

ただのバンドとアイドル好き

年の瀬に色々ありすぎた件


どうも。
とりあえず落ち着いてるから今書きます。


まあ最初に言っておきます。また暗い話です。(笑)





年の瀬にいきなりですが、縁起悪いですが、


やっぱり私死ぬのかな??????(爆笑)



なんかもうこの冗談が本当に冗談でなくなってる気がしてヤバい。本当にヤバい。




えっとですね。



また過呼吸起こしちゃいました☆☆☆



もうここまで来ると本当にどうしようもない。
キッカケは些細なことだったんですが、もうね、トイレで大泣き。そして過呼吸。震えが止まらない。おっと私本当にヤバい…と思って最後の砦のパートさんに内線をかけて「助けて下さい…」ってもう自分こんな死にそうな声なのか?って疑問に思うくらいの声が出てその人が速攻で駆け付けてくれた。ただただ私を優しく抱きしめてくれた。トイレの中で。そして私はガキのように泣き喚いた(笑)


もうねえ、なんだかもうね、何もかもに疲れちゃったんですよね。もうなんかね。何かがプツンと切れて死ぬほど泣いた。その人の前で死ぬほど泣いた。今年一番泣いたんじゃないかってくらいもう大声で泣いた。もうこんな風になってしまうのならどうにでもなれ、って感じになってきた、最近。



で、一通り落ち着いてトイレから出てきてまあ事情を知っていた店長に呼び出され、落ち着いたと思って話しようと思ったらなんかもう笑いながら涙がマジで止まらなくて。笑えば笑うほど涙が溢れてきて、なんかもうこれが所謂「精神崩壊」ってやつか、って自分でも思った。だって爆笑してる割には大号泣してるんだよ。側から見たらマジでヤバい奴でしかないでしょ。まあ当然その日ももう店長に帰れ、と言われてフラフラになりながら帰りました。


いや、私…………どうなる?????



過呼吸になる、その度に帰れと言われる、仕事にならない、周りの人に迷惑をかける、その度に「あ〜もうなんか生きてても意味ねえ〜もうなんかこのまま消えて無くなりてえ〜」ってなんかもう本当にどうにでもなれ精神になってきて。



…………休む、べきか????



最近それを考えるよね。なんかもう…こんなんだったら休む方がいいのかもな…って。「周りに迷惑しかかけない」って言うと「そう思うのがダメなんだ。もっと甘えるということをしなさい」って言われちゃいました。それが出来てたら苦労しねえよ…って言いたいんだけどさ。



で、たまたままた過呼吸になった翌日、27.28日と連休だったので実家に帰る予定でいたんです。まあそれも…うちの祖父の容態がかなり悪いから会って欲しいっていう理由で帰るっていうなんとも言えない理由だったんですが…。で、まあその話は店長にしたんですけど店長から「実家に帰ったら一度店に電話をよこせ」と言われました。



で、27日に地元に帰りました。
とにかく眠くて眠くて、行きの新幹線では爆睡。


実家に行く前に祖父の様子を母親と祖母と見に行きました。まあ確かにかなり悪い。あの感じだともう長くない。もう耳もほとんど聞こえないんだけれども、幸か不幸か悪いのは体力だけ。病気ってわけでもない。縁起が悪いがこれが所謂典型的な"老衰"ってやつなんだな、って感じだった。頭もしっかりしてるし、目もはっきり見えてるし、まだまだ話せるんだけれども、もう自分で動くことは出来ない。何より何も食べない。延命治療も本人の意思でしないことになっているので、点滴もうってないし、吸入器っていうのか?あれも全くつけてない。勿論何も食べないから以前の貫禄も全くなく、肉も無くなり、かなり痩せ細り、本当にただ生きてるだけ、って感じ。でも不思議なことにそこに私はショックも驚きも無かった。「こんなもんだろう」としか思わなかった。祖父を生き延びさせてるのは、とにかく飲みたがる水と、何故か好きなコーヒー味のかなり栄養の入ったジュースだけ。毎日それしか飲んでいない。



ちょっとだけ話が逸れます。



私は大学4年間、祖父と祖母の家で過ごした。
祖父は日に日に頑固者になっていくし、祖母は祖母でかなりの心配性と神経質が混じってまあそれはそれはかなり大変だったんだけれども、それが高齢者の"普通"なんだろうなあ、って思った。というか、思うようにしていた。


小さな頃から何故かはわからないけれども私と兄は母方の祖父と祖母のことが大好きで、学校が長期休暇になるたびにうちに泊まりに行っていた。それが楽しみで楽しみで仕方がなくて、本当にいろんな事をして遊んだ。祖父も祖母も優しくて、いつも可愛がってくれて、いつもいつも遊んでいた。だから実家に帰るってなった時はいつもいつも別れが嫌で兄妹揃ってめちゃくちゃ泣いていた。それくらい大好きだった。



そんなことがあったから、大学4年間の生活も祖父と祖母の家にお世話になろうと決めていた。


まあその4年の間にも祖父は心臓を悪くして入院したり、祖母は熱中症になって救急搬送されたりしてまあ何だかんだ色々あったけれど、それでもやっぱり昔から大好きだったから嫌いになるなんてことはなかった。しかも祖父と祖母のおかげで1日3食朝昼晩食べないと気持ち悪い身体になった。いいことだ。


祖父は本当に食べることが大好きだったから、どちらかというとちょっと太っていた方だった。なのに今はそれとは比べ物にならないくらい痩せていた。でも私はそれを見てショックは受けてはいなかった。働き始めてからもちょこちょこ家には顔を出していた(まあ頻度は極端に少ないが)。その度に祖父が弱っていることは知っていたし、痩せていってしまいには家で介護用のベッドでずっと寝ていた。だから病院に行った時、大きなショックは受けなかった。むしろちょっとホッとした。なんだかあんなに頑固者だった祖父が、なんていうか…言葉では言い表せないけど、ようやく「おじいちゃん」って感じになっていて、何だか安堵感が半端なかった。祖父は幸せだと思う。家族全員に見守られて、祖母にも見守られて、まあなんというか…色々幸せだろうな、って思う。



問題は、残された祖母の方だ。
私はそっちの方が心配で仕方がない。



今は家で祖母1人の生活を毎日している。
家でいつもガミガミ言い合っていた相手が急にいなくなって、私も就職を機にいなくなって、話し相手がいなくなってしまって、祖母は私に何度も言う。



「もうこの人はあの家に帰ることはない」
「おじいちゃんが逝ったら、早く迎えにきてね、っていつも言うつもり」



って。

その言葉が私には辛すぎて、もう何も言えなかった。大学4年間の中でも2人は言い合いばかりしていた。でも仲が悪いとかそう言うわけではなくて、高齢者特有のなんというか…まあそういう頑固さが出てるんだろうな、って感じの言い合い。


でも、それでも今までずーっと一緒に、2人で過ごしてきたのも、やっぱり凄いと思う。多分結婚してもう60年は経つと思う。だからこそ、残される祖母の傷みはとてつもないものなんだろうな、とも思う。祖母はいつも私の前では「まあこんなもんでしょ」とか「しぶとくまだ生きるでしょ」とか言う。いや、正確には自分に言い聞かせている。そして私も「まだまだあの感じだと全然生きるでしょ」と言う。…嘘です、言い聞かせている。お互いに分かっている。もう長くないってことは。でも言葉にするとすぐ目の前に本当に"その時"が訪れそうで怖くて口に出来ないのかもしれない。


それでもやっぱり祖母は凄いと思う。
「私は今できることを後悔しないようにやりたいだけだから、毎日病院に行っておじいちゃんの世話をするのも、やりたいようにやってるだけ」と言う。側から見てると確かに、本当に今祖母が出来ることをやり尽くしているようにしか見えない。それがまた孫から見ると泣けてくるのだ。この2人の夫婦の絆はとてつもないものだな、って。



でも祖母も私と同じように「甘え下手」なのだ。ウチの母親も「甘え下手」。そこの悪い部分だけは遺伝している。(笑)


側から見たら祖母は本当に頑張っているようにしか見えないのに、祖母はいつでも「私は何も出来ない」「私なんてただのあかんたれ。周りに助けられてしかいないから私だけでは何も出来ない」「周りはホンマに頑張っているのに、私なんか何もしていない」と常に言う。…それがなんだか最近の自分を見ているようだった。「ああ…周りってこんな感情になるのか」と。そして私も周りからかけられた言葉と同じ言葉を言う。「そんなことない!おばあちゃんは十分頑張ってる!おばあちゃんは何も悪くない!むしろ本当に無理しないで!」と。…言いながら本当に私じゃん、ってなった。「本当はお礼を言わなきゃいけないのに、なんでか分からないけどやっぱり迷惑をかけてるようにしか思えなくて、周りに謝ることしか出来ない」と祖母が言っていた。…いや、完全に私じゃん。私だよね?(笑)


まあそんなこともあって今は祖母の家に泊まってるんだけれども、いつもいた祖父が「もう祖父がこの家に帰ってくることはない」「いつもの祖父がいない」それだけでとてつもなく寂しくなった。この家には私には小さな頃の思い出と、大学4年間の思い出がめちゃくちゃ詰まっている。だからいつも京都に来るとセンチメンタルな気持ちになってしまうのだ。今日布団を敷きながら、晩ご飯を食べながら、祖母はずっと「もうおじいちゃんはこの家にはいないから」って口癖のように呟いていた。辛すぎた。



これからはもうずっとこの家は祖母1人なんだ。時の流れの残酷さを改めて思い知った。よく使っていた二階も、今はもう全く使っていない。大学時代私は二階が寝室だったが、使わないからもぬけの殻になっている。二階に上がった時、懐かしすぎて1人で泣きそうになった。私の選んだ青いカーテンがまだ二階で吊られている。私のいつも見ていたテレビが置いてある。小さな頃遊んでいたゲームも少し残っている。けれどももうそれは、全て使うことは無いだろう。辛すぎて辛すぎて、それでまた二階で過呼吸になりかけた。危ない。今祖母がこんな大変な状況にいるのに、自分の状況なんてとてもじゃないけど言えない。



昨日は地元にいる兄の家族に会いに行った。兄は既に結婚しており、今年の1月に元気な男の子が産まれた。久しぶりに会ったその子は元気にすくすく育っていた。この二日間で私は「生まれてくる命があれば、消えていく命もあるんだな」ということを強く実感した。




話を戻す。



実家に帰る時、店に電話をしようと思ったら既に店から電話がかかってきていて、折り返し電話をした。そして店長と話をした。そして衝撃の一言を言われた。


「2日でこっちに帰ってくるのは早い。むしろ帰ってくるな。とりあえず三が日まで休んで、年明けに病院に行って、主治医と今後のことを相談してきな」


「いや…出ますよ?」とは言うが「出るとまたなる可能性大でしょ?だったらもうおじいちゃんの容態のこともあるし、何より自分自身の体が壊れてるんだからせっかく実家にいるんだし、年末年始はゆっくり休んでまた復帰できそうだなって時期に出てきなさい、とりあえず休む時期は三が日にしとくけど」みたいな感じで言われた。"とりあえず三が日"っていうのも、なんだか"三が日でも早い"というようなニュアンスにも聞こえた。…まあもう、3回目だもんな。職場での過呼吸。さすがに店長にもう「休め」って言われることはある程度覚悟はしていた。その時も「すみません…」しか言えず「もっと"甘える"ということをしなさいね?」と言われた。


なので、急遽年末年始が休みになってしまった。自分でもとてつもなく焦っている。でも「年末年始に休みを1週間もくれた本当の理由」を家族に話すことは出来なくて。家族には一応「爺ちゃんの容態が危ないって言ったら休みくれた」と言っているが、サービス業の一番休んではいけない年末年始をこうやって休んでるもんだから流石に疑問に思われた。「そうは言ってもなんでそんなにこんな時期に休みくれるの?なんか変じゃない?店長に嫌がられてんの?仕事ダメなの?」とかめちゃくちゃ言われた。



それでも私がどうしても家族に言えない理由がある。特に母親。
何故なら母親もうつ病だからだ。その理由が我々子供たちなのだ。


近くにいるとはいえ、子供が2人とも家から同時にいなくなってしまった事実に母親は耐えられなくなり、病を患ってしまった。何度も家で倒れて、救急車で運ばれている。


そんな家族に今の私の現状を話すと、皆本当に死ぬかもしれない。だから死んでも言わない。だからおかしいと思われても私は「爺ちゃんの容態ががなり悪いから」としか言わない。一応それも事実だからそれで絶対貫き通す。



ただ1つ大問題があって…私は2連休で帰る予定だったから、それが4日間にまで延びてしまって、本来飲まなきゃいけない心療内科で貰った精神薬を2日分しか持ってきていなかったのだ。…明らかに足りない。どうしよう。そればかり考えてしまう。そして今も眠れなくなっている。そして謎の不安感に襲われている。頓服を飲んでもいいんだろうけど、まずはその薬を飲んでから、ってのが前提だろうから…とも思うけど、無いなら頓服か?とも考える。まあ発作は起こることはないかもしれないけど…多分これ以上祖母の家にいるとそのうち辛すぎて過呼吸になるかもしれない、と危機感を覚えた。でも祖母を1人にするわけにもいかない…。祖母は「もう1人で何でもすることに慣れた」と言う。…嘘ばっかり。私だって一人暮らしをすればするほど寂しくなってきて、終いにはこうなっちゃってるんだ。おんなじような性格をしている祖母なら同じようになりかねない。でも実家に全然顔も出しに行けてないからそっちにも行きたい。…何だかせっかく実家に帰ってきたのに精神的にゆっくり出来ず、むしろ辛すぎる。だからと言って埼玉に戻ってもそれはそれで辛い。…ヤバイね????



それでも祖母と久しぶりに思い出話を沢山した。私の覚えてない小さな頃の話を沢山してくれた。祖母は本当に優しい。…だから、絶対今辛いはずだ。祖父のいないこの家が、本当に寂しいものになってしまった。


年末年始を休むとてつもない申し訳なさ、祖父母の状況の大変さ、実家の雰囲気、全てに何だか辛さを感じてしまう。


………人生ハードモードすぎるぜ〜〜!!!!!!!!!!



…って、明るくしてみたけど実際本当にどうしようか悩んでいる。というかどうしたらいいのか分からない。



明日はまた祖父のいる病院に行って、実家に帰ろうと思う。ただ、残される祖母が心配で心配で…。母親にどうしよう?と電話したら「まああんまり気にすることないさ」と言われてどうするかは任せる、と言われた。どうしよう…。なんか色々どうしよう…(苦笑)



………2018年が終わろうとしているこの時期になんでこんなに辛いんだ馬鹿野郎〜〜!!!!



………では。寝ます。