地球外生命体の日々

ただのバンドとアイドル好き

平成最後の夏、あまりにも一瞬で美しすぎる芸術を見た


どうも。


「平成最後の夏」という言葉をブログのタイトルにしている人が多く、「ああそういえば今年は平成最後の夏なんだな」って見るたびに感じるわけですが、今日はその言葉を使いたくなった。平成最後の夏が終わる。そして8月が終わる。




そんな時私は、堂本剛平安神宮公演に行った。
この公演が私にとって何となくターニングポイントになるような気がして、私はこの公演に行ったらどうなってしまうんだろう?とずっと考えていた。




最近またこのままKinKi Kidsを好きでい続けるかかなり迷っていた。ちょっと日が開くとまたこんな自分が嫌いになるし、こんなに辛い思いをしながら応援し続けるくらいならもういっそのこと好きになることをやめようか、今日の公演を見て考えようかな、なんて思っていた。実際京都に行くまでかなり迷っていた。



東京から新幹線で来る時、ケリーさんのカバンを持って新幹線に乗ろうとする人を何人か見たときに「同じ人見つけた!」とテンション上がるわけでもなく「私気持ち悪いな」「私は何をやってるんだろう」「私なんかがこんなアクセサリー持ってるのが気持ち悪い、バカみたい」という思いばかり溢れた。こんな自分が気持ち悪くて、やっぱりずっとKinKi Kidsを好きな自分を認められなくて、またどんどん自分が嫌いになっていって、ひたすら京都といえば10-FEETということで現実逃避的な感じで10-FEETを聴いていた。心が少し落ち着いた。私はやっぱりライブハウスでわーっと騒いでる方が合ってるんじゃないか?何でいつもKinKi Kidsだけこんな気持ちになるんだろう?私これから何のために行くんだろう?いつまでも考えすぎて悩みすぎてこんなに悩んでしまうくらいならいっそのこと離れた方がいいかな…って新幹線の中でずっと考えてた。とにかくこんな自分をやっぱり認められなかった。受け入れられなかった。行きの新幹線はキンキの2人の声を聴く気にもなれなかった。



でも私は堂本剛という1人の人間を好きになる確固たる理由がやっぱりあったな、と公演を観て感じた。それはもうカッコいいとかそういう単純なレベルで話せるものではなくて。彼の考えること感じることひとつひとつが私の中に心地よく響いて、私の中でスーッと腑に落ちる言葉を本当にくれる。ある人からすると「宗教みたい」と引かれるかもしれないけど、私は決してそうは思わなかった。彼はやっぱり私を離してはくれなかった。



私にとって京都は遠征ではなく「帰省」にあたる。帰ってくるたび、全てが懐かしい景色だ。



時間が少し出来たので京都に住む祖父母の家に少しだけ寄って様子を見てきた。最近顔を出していなかったので、友達からも「会えるうちに会っておいたほうがいいよ」と言われたので寄った。私が大学時代お世話になった祖父母だが、しばらく見ないうちに2人とも随分と弱ってしまっていた。祖父はあんなに元気だったのに痩せて耳が遠くなり、半分寝たきりになり、立ち上がるのもあんなに使うのを嫌がっていた杖をつきながら立つのがやっとになっていた。ただ体の何処かに異常があるわけではないらしい。それは唯一の救いだ。祖母も声は元気だが、やはり体は弱っているようで私には言わなかったが夏に一度倒れて入院したらしい。私に心配をかけさせまいと思って言わなかったのだろうが、離れて暮らすということはそんな情報すら入ってこないということで、その事実が本当に悲しく、虚しくなった。「あんただけ家族で離れた場所におるからみんな心配しとるんよ」と言われた。みんな言ってこないけど「帰ってきてほしい」と言いたそうにしていた。母に会った時もそうだった。苦しくなった。祖父母も80代後半だ。正直いつ何が起きてもおかしくない年齢に差し掛かっている。親にだってろくに会えていない。そんな時に私はまだ遠く離れた地にいるというのか。祖父母と他愛もない話をしながら色々考えた。



その後一緒にライブに行く同期と会った。その同期も大阪の田舎の方の出身の人で、京都に来るのは久々だったらしい。2人とも異動がある会社だというのに未だに埼玉にいて、希望は言っているのに全然近畿地方に飛ばされなくて嘆いてる組だったので、お互いに京都に来て感じたのは「やっぱり近畿の空気は落ち着く」ということだった。生まれ育った地はやはり何処の場所よりも落ち着くのは皆同じだと思う。4年埼玉にいてても全然関東の雰囲気というものに馴染めずにいる。お互い何となく息苦しさを感じていた。京都市バス七条通、東山通、烏丸通祇園通、清水道、そして岡崎公園通。全てが私にとっては懐かしい景色だった。同期も「京都の雰囲気は落ち着いててええわ」と嘆いていた。私も関西弁が普通に出せて、関西のノリで話せる人と話してる時は本当に落ち着いた。同期と話してる間がそうだった。なんか久しぶりに普通に笑ってた。「こんなツッコミ出来るような話し相手おるか?」と言われた。まあ、いないよね…。



一度開場前に平安神宮に立ち寄った。平安神宮はイベント会場でもないので参拝客ももしかしたらいると思うので普通に開場前にも中に入ることは出来る。規模が思ったより狭かった。5〜6000人入るほどの規模だっただろうか。そもそもイベント会場ではなく神社なのでそれ程規模も大きくないのは当たり前なのだが。会場の雰囲気を味わっている時に一度大きな稲光が神宮裏の近くの山に落ちて轟音が鳴り響いた時、雷嫌いな私は心臓が止まるかと思ったが、平安神宮マジックか分からないが一瞬「美しい」と感じた。大きな稲光はその一度きりだったが、その後にゲリラ豪雨が降った。ゲリラ豪雨だったのですぐに収まったのだが。


開場して席に座った時、あまりにも平安神宮の雰囲気が心地よくてめちゃくちゃ落ち着いてしまった。その時には雨も止んでいた。



そして開演。
公演時間1時間半、MC無しのノンストップ演奏。平安神宮公演はいつもこうらしい。ずっと何とも言えない不思議な気持ちになっていた。最後に剛さんからの15分ほどのありがたーいお話で締めくくられた。そのありがたーいお話が私にはめちゃくちゃ響きまして(笑)


とにかく演出が終始美しく幻想的だった。
水と光の入り混じる芸術の中、落ち着いた音と歌声が響き渡る空間が広がっていた。そして私は今平安神宮でライブを見ていることがとてつもなく感慨深かった。色んなことを思い出した。毎年元旦は平安神宮に行っていたこと、大学のテスト前は平安神宮近くの図書館にこもって勉強していたこと、特に用は無いけど落ち着きたい時ふと平安神宮を見に行ったりしていたこと、そして全く興味のない時、毎年堂本剛の公演があるとは知ってて人の多さに呆れていたこと(笑) 何もかもが私の中で懐かしくて、胸が苦しくなった。公演はまだあるので敢えてセトリは書きませんが。



ノンストップ演奏(奉納演奏と呼んでいた)が終わり、最後に剛さんの独壇場で15分ほどのありがたーいお話タイム。その前に平安神宮公演恒例(?)らしい、「今日もこうやって幸せに平安神宮で素晴らしい空間ができたことに感謝の意を込めて神様に」皆で本宮に向かって二礼二拍手一礼。


ありがたーいお話をする口調はいつも以上に静かで穏やかで優しい口調でした。


「皆さんは日々、自然の中で有難く生きているというごくごく当たり前のことを忘れがちになると思います。今日もこうやって平安神宮の周りの木々と風と空に囲まれてその空間の中で演奏しました。それは本当に有難いことなんですが、そのことは奈良人の僕からするとごくごく当たり前のことなんですが、東京にいるとそれを忘れてしまいそうになって時々息苦しさを感じます。そういう自分の思ってることや考えてることがなかなか相手に伝わらなくて苦しんだ経験を沢山しました」


ああ、彼も同じ気持ちなんだ。やっぱり。
私たちよりずーっと長く東京に住む彼ですら、東京に息苦しさを感じている。私たちも何となく雰囲気に違和感を感じている。それはやっぱり生まれ育った故郷を愛しているからこそなんだろうなぁって。「やっぱり剛ですら息苦しさ感じてんねんから俺らも全然息苦しいよな?笑」と終わってから同期と話していた。その問いに即答で「うん」と答えた。


私は別に「ない物がないくらい恵まれた環境にいる」ことは特に望んでいません。すぐ移動すればお店も沢山あるし、病院だって沢山あるし、ジャニショにだって気軽に行ける。確かに私は恵まれた土地に今は住んでいる。けど別にそれを望んでいません。山があり川があり、目の前に綺麗な自然があって星が綺麗に見られて静かで必要最低限の生活さえ出来る環境さえあれば私の心は落ち着くし、生き急いだ環境の中暮らすよりも100倍マシです。でも理想と現実はそう簡単に合うわけもなく。理想は理想。現実問題そんな所で暮らすとなると色んな困難がある。


「人に優しくしようと思って動くと自分が壊れてしまいます。僕もそうやって生きてきて、壊れてしまった時に"自分を愛すること"の大切さと難しさを知りました。毎年平安神宮で公演をやる時にお話ししていた軍司さんがいたんですけれども、天に召されてしまいまして。人間って簡単にいなくなったり消えてしまったりします。だから皆さん、いいですか。人生は一度きりです。人のためになにか動くより、まずは自分の心の声に耳を傾けて下さい。そして自分を愛してあげて下さい。そうすればきっと幸せになれます」


彼はそんな言葉で全てを締めくくった。
これが今彼が一番伝えたい言葉なんだろうな、と感じた。









余談ですが、演奏が全て終わった時に彼はぼやきました。

「やっぱ雨レーダーより俺の直感を信じた方が良かったんちゃうかな……


全然、雨降らへんやん………(笑)



ステージにテントが張られてたんですよ。楽器が雨で濡れると大変だから。でも剛さんは「降らへんと思うからテント取ってもええんちゃう?」と開演前に言っていたらしい。でも結局最悪の事態を避けるためテントは取らずに決行。その結果、全く雨降らず。(笑)「みんなつよレーダー信じた方が良かったやん!」って嘆いてたの可愛かった。


でも不思議なことに、雨が降らなかったのは平安神宮公演の時間だけだったんですよね。そしてこれまた凄いのが剛さんはずっと「このライブが終わったら、天龍さんが"もうええかな〜"とお空を飛び回り始めてホンマに雨降りますから」って冗談で言ってたんですが、ライブが終わって夜行バスに乗るために京都駅に行った途端本当に雨が降ってきた。ビックリしちゃったよ。「おいおいホントに天龍さん来たんじゃないのかこれ…(笑)」って笑ってしまった。





私の2018年堂本剛ラッシュは終了しました。


思えば私は今年堂本剛公演に有難いことに3回も行かせて頂いたんですが、天気に関しては何だかんだ恵まれてたんですよね。


初めてのENDRECHERI公演のNHKホールも当初雨予報だったのに結果スカッと晴れたし、神戸公演も台風が危ういな…と思ってたら無事通り過ぎてスカッと晴れたし、今回の平安神宮も天気が良かったとは言えないけど公演時間だけは全く雨が降らなかった。それに比べてエイトは台風で公演が中止になるっていう…(笑) しかも東京公演の時もまた台風が迫ってるではないですか。通り過ぎることを信じてるけど。しかしここまできたらこれはもうある種「あなたはもう少し堂本剛を愛してあげなさい」と天から言われているような気がしてならない。こんな偶然ある?って感じだわ。



平成最後の夏は私にとってもっと自分を愛することに努めなければいけないと思った夏でした。少しずつでもいいから、自分を愛してあげないといけないな。




やっぱり大好きです。
こんな私でも、これからも貴方を応援してもいいですか。



心が清らかになりました。
帰りたい。