地球外生命体の日々

ただのバンドとアイドル好き

わたしなりの「おと」

どうも。

暑い。めちゃくちゃ暑い。死ぬほど暑い。
そのうち溶けちゃうんじゃないかってくらい暑い。



ケリーさんのライブに行ってから、音楽に対する姿勢が寛容になった。というか「私でも音楽好きになっていいんだ」という感情が大きくなって、尖って聴こえていたサウンドがとても優しく聴こえるようになった。そういう意味では行ってよかったなあと思えた。


そしてケリーさんの余韻だけでなく「バンドサウンド」がもっともっと好きになった。どんな形であれバンドっていいなあって思えるようになった。バンドが恋しくなった。ケリーさんに優しく説かれた後は、バンドに思いっきり「這ってでも生きろ」と背中を押されたくなった。




NICO Touches the Wallsの「TWISTER EP」がめちゃくちゃかっこいい。KinKi KidsのDVDを買った時に一緒に買ったが、ずっと聴いてる。

TWISTER -EP-

TWISTER -EP-

久しぶりに私の中でNICOの当たり盤だと思った。NICOは明るくキャッチーでどこかポップな雰囲気よりもこのように地下に潜っているどこか暗い雰囲気の方が合っている気がする。久しぶりにどシンプルなバンドサウンドで来てくれて結構嬉しい。ライブでボーカル光村氏が「最近NICOを好きになった人からすると"なんか様子がおかしいぞNICO?"と思えるような楽曲ばかりですが」みたいなことを言っていたけど、「いやいやむしろこういう方がNICOの通常運転でしょ」としか思えなかった。あなた捻くれ者の尖りまくり人間なんだから。人をイメージで決め付けたくはないが、やっぱり何かしらのその人なりの「合う合わない」要素はあると思う。それは単純にリスナーの偏見でしかないのだけれども。自分の好きな姿になってくれたアーティストの姿ってのはやっぱりどこか魅力的に感じてしまう。


やっぱり私は「音」に包まれている間が自分が自分らしくいられる気がしてとても心地いい。だから「音」に自然と包まれている、或いは包まれようとしている人間に惹かれるのだろうな。iPhoneよりもウォークマンを無くす方が個人的にとても嫌だ。音が無くなる世界はやっぱり嫌だ。



ジーさんの「夏フェス革命」という本を読んだ。

夏フェス革命 ー音楽が変わる、社会が変わるー

夏フェス革命 ー音楽が変わる、社会が変わるー

元々ツイッターをやっている時にレジーさんの文章が読んでいて面白かったということもあってフォローしており、このKinKi KidsのDVDなどを買いに行った時にたまたまこの著書を発見したので興味深くて読んでしまった。


この著書では日本四大夏フェスのひとつ「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」を中心に過去のフェスのあり方から昨今のフェスのあり方、そして今後どのようなフェスのあり方になっていくべきか、ということについて言及している。


確かにロッキンは「ビジネス的には成功しているフェス」と言える夏フェスだと思う。「フェスバブル時代」と言われる昨今でも毎年毎年来客数を増加させ、日本の代表フェスの地位を確立していることは間違いない。でも何だろう。私はこの本を読んで夏フェスの在り方について違和感を感じてしまった。



ロッキンが来客数増加に向けて追求したものは「いかにフェスに興味ない層を取り込むか」だった。その為には「演者のステージ以外の場所の充実」それを突き詰めた。昔は演者が主役で観客は演者を見て楽しむというシンプルなシステムだったが、それだけでは来客数が増加する見込みがない。だからロッキンは「インスタ映え」「遊び場所の増設」「快適さの向上」「フェスに来る入り口作り」に力を入れている。要するに「観客が主役になるフェス」を作り上げたのだ。結果ロッキンは「夏の風物詩」のひとつになったわけだが、なんかそれってどうなの?って思ってしまう。フェスを存続させるには来客数の増加は絶対なのはとてもよく分かる。でもそれだけ追求していたら「音楽を聴きにきた人」はどうなるの?って話だ。でも著者は「今時音楽だけを聴きに来るリスナーなんて殆どいない」とか割と淘汰的に書いていて少し悲しくなった。フェスもいずれ「お祭り感覚」で楽しむ層が増えて、本来主役であったアーティストはその「お祭り」を盛り上げるための一要素でしかなくなる時代がすぐそこまで来ている(というかもう来ている)のかと思うと個人的にはますますフェスに行く意味が見出せなくなっている。


私も過去に何度もフェスに行った経験はあるが、私がフェスに行くにあたって一番重要視しているのが「メンツ」だ。アクセスや快適さなどは二の次。「自分のみたいアーティストがどれだけ出ているか」それが一番重要だと思っている。例えばロッキンも大体毎年出るメンツというものは決まっているが、最初に全体のメンツが発表されて、少し日にちが経てば日割りが発表される。その日割りで見たいアーティストが沢山出ていると「行こう」となる。例えばある日に9mmが出るとして、ほかに惹かれるアーティストがいなければ私は行かない。高い金を払って9mmだけを見に行くよりかはワンマンに行ってそのアーティストの楽曲に浸る方が有意義だと思ってしまう質だ。フェスの1アーティストの出演時間なんて大体4〜50分だ。勿論その会場で見る良さってのもあるかもしれないが、私はそれが全てではないと思ってる。


だからENDRECHERIもサマソニイナズマロックフェスなどの夏フェスに出る発表をしているが、ENDRECHERIを見るためだけにフェスに行こうとは思わない。だから行かない。頭の弱いジャニヲタとも思われたくないしイナズマロックフェスに関してはバンドが多く出る日に出るとなっていれば私は行っていたと思う。それくらい私には「メンツ」は大事なのである。


でもそれが今時は重要視されておらず、「いかに楽しそうなフェスか」に注目されていると思うと何だか微妙な気持ちになる。バンドサウンドが聴きたい…と思う客層も少なからずいるはずなのに、「それだけでは存続出来ない」という理由からどんどん淘汰され、結果お祭り騒ぎが大好きなイケイケ組にフェスが乗っ取られていっている気がして…「夏フェス楽しかった♡ご飯美味しかった♡花火綺麗だった♡」って、あんたは何しに来てんの?って思ってしまう。


そしてロッキンは「フェスの入り口作り」も追求して、GRASS STAGEのあり方も変えてきている。元々Mr.Childrenやゆずがロッキンに初めて出ると分かった時も世論的にかなり物議が醸されたらしい。「あんなのロックじゃない」とか。でもそれがキッカケとなったのか、今のロッキンを見てみてください。これはJ-POPのフェスですか?っていうくらいのGRASS STAGEのメンツ。欅坂46とかももクロとか出ちゃうんですよ。だからそれも「フェスに興味のない層」を取り巻くための「入り口」としては素晴らしい構成だと思う。大きなステージに有名アーティストや大物アーティストを立たせ、規模の少し小さなステージに「実はこんな素晴らしいアーティスト・バンドもいるんだよ」っていう発見をさせる感じ。素晴らしい導線だとは思う。本当に「ビジネス的には素晴らしいフェス」であることには間違いない。けど何だかモヤモヤしてしまうのは何故だろうか。


別に興味のない層がフェスに来るのがダメとまでは言わないけど、「とりあえずどんなアーティストでも適当に集団で騒いだり盛り上がったりしとけばオッケーでしょ」みたいな雰囲気を出されるのがすごく嫌だ。そんな雰囲気に飲まれてしまうと演者は何のためにいるのかよく分からなくなってしまう。確かに楽しいことをしている方が楽しい。けどそれだけじゃない気がするんだよなぁ…。前もチラッと言ったけどハライチの澤部もアメトーークの夏フェス大好き芸人の回で「音を体で浴びるのがフェスの醍醐味」と言っていたのがめちゃくちゃ印象的で、そこで澤部と一回飲みに行きたいと思ってしまった(笑) その音を体で浴びるという行為をしない層が中心になってきてしまうと、演者がいる意味がなくなってくるし本当にただの「お祭り」になってしまう。何のためのロックフェスなのか。「ロック」って何なんだよ、って話になると永遠に分からないんだけれども。



まあ要するに個人的な思いだけでは何事も上手く行かないということをロッキンのフェスのあり方から学びました。現実は現実。「音楽だけを聴きにくる層は殆どいない」と書かれていたのは結構ショックだったなぁ…。私も今までの古い脳で居続けたらこうやって淘汰されていってしまうから脳をアップデートしていかないといけないのかなぁ。結局私も「私が見たいバンドが沢山出ていたらそれでいい」だけの人間でしかないってことだよね…。それだけじゃもう今時のフェスに行く意味なんて無いんだよねきっと…。




今めちゃくちゃTHE BACK HORNのライブに行きたい。THE BACK HORNに「生きろ」と言われたい。めちゃくちゃ行きたい。喝を入れられたい。優しさの後は奮起が欲しい。次THE BACK HORNに会えるのは11月のワンマンだ。まだ先だ。夏フェスも今年は行けそうに無いし。

そういえばTHE BACK HORNもインディーズ再録盤を出すらしいですね。嬉しい限りです。

THE BACK HORN、インディーズ時代の廃盤楽曲をリレコーディングしたアルバム発売へ(Billboard Japan) - Yahoo!ニュース



そんな感じで今めちゃくちゃバンドが恋しい。
改めてそう思わせてくれたケリーさんには感謝しかない。



暑い。