自分の中の「常識」を「常識」と捉えてはいけない

 

職場の女性社員3人でプチ女子会をしてきた。

仕事の愚痴を言い合える機会が久々に出来て、個人的に凄く嬉しかった。

 

たまには仕事の話でもしよう。

(ほぼ愚痴なので悪しからず)

 

社会に出て仕事を始めると、必ず職場に1人は「自分の中では考えられない人」という存在が現れる。私自身今まで3つの部門を経験し、幸いなことにその部門内の人が皆しっかりしていたおかげで仕事がとてもやりやすかった。勿論、先輩社員に怒られることもあったが、それは自分の悪いところと受け止めて反省していかなければならない。そうやって人は自分の悪いところを見つめ直し、成長していくことが生きていく上で重要なことなんだと思う。今の部門まである意味特殊な部門に配属されていた私は、3度目にしてようやく「スタンダード」な立ち位置で仕事が出来るようになった。知識や経験は新入社員並みに無いので、とにかく「何でそんなことも知らないの」と言われる覚悟で「聞く」に尽きる。自分が理解するまで「聞く」。そうしないと自分の為にもならないし、自分の後輩が出来た時に教えることが出来ない(私のいる所は私たち以降新入社員が配属されていないのである)。だって「分からない」んだもの。要領が分からない人間はとにかく経験のある先輩にアドバイスを貰うに尽きる。聞いたらきちんと先輩も答えてくれる。そうやって自分の中での経験値を上げていくしかない。ただ、今回ついにかなり厄介な存在が現れた。

 

 

ある先輩社員(男)がいる(以後Aと呼ぶ)。私は某小売業で働いているが、従業員の主体はパートさんなのである。Aは今までに無いくらいその部門のパートさんから反感を買っている。ほぼ全員が不満を抱え、上司に訴えているというのに、その上司は自分の仕事をしてくれるからか、Aを庇う形をとっている。そんな不思議な環境が今の職場にはあるのだ。接客業なのでお客様からの問い合わせが勿論あり、分からない人間が当然分かる人間を呼ぶわけだが、Aは殆どお客様の場所へ行かない。加工や切り売りの依頼もほぼ行かない。特に接客で対応しているわけでもないのに「対応中」と答えて誰かに対応を任せる。そんな姿を頻繁に見せるので、当然パートさんたちも不満が募るのだ。なのにそれを訴えても「別の仕事をしてくれているから許してやってほしい」の上司の一言。…上司は一体Aの何を買っているのか。一応言っておく。Aは社員である。

 

 

仕事中に急にAに別店舗見学の予定が入ったので、"普通なら"同じ部門の人に「別店舗見学に行ってくるので申し訳ないんですが売場宜しくお願いしますね」の一言を伝えるはずだ。なのにその一言も何も無く、ただAは1人の早番のパートさんにだけそのことを曖昧な感じで伝えて、しかも「残業出来るだけして下さい」とだけ言い放ってAは出掛けたそうだ。そして何より悪いのは、遅番のパートさんにその事を直接伝えて無かったせいで(その人は早番のパートさんにその旨を伝えられたそう)、広い売場を夜1人で見ることになってしまい、何故かその遅番のパートさんが近隣部門の人たちに「すみませんが僕1人になるのでフォローお願いします…」と頼み込んでいたのだ。結局近隣部門の従業員は売場フォローの為に残業し、Aは閉店間際に戻ってきたものの誰にも何も伝えずそのまま帰ったそうだ。そのことに皆ブチ切れた。「あの人の神経は一体どうなっているのか」と。売場フォローも頼むのは本来は社員の仕事。というか、自分が店からいなくなるのだから頼み込むのは"当たり前"だろうと思っていたが、その「常識」さえ覆すような人間が社員でいることにただただ驚きである。パートさんも主婦の方々が多いし家庭の予定だって当然ある中、わざわざ時間を割いてしたくもない残業だってしてくれているのにAはいつになっても「ありがとうございました」の一言も何もなしに日々を過ごしているのだ。そんなAが残業しているかと言うと、殆どしていない。むしろ"早く帰る"ことが多い。体調が悪いから早く帰るだの、早出してきたけどお客さんいないから早めに帰ると言って謎のフレックスタイムを取って早く帰って遅番のパートをキレさせるという。でもそれは「Aだから許されている」のだ。…どうなってるんだ?一体。なんなんだこの理不尽すぎる世界は。

 

 

社会人たるもの、「納期を守る」ということは社会人として"当たり前"の行動にしなければならないはずだ。納期を守らない人間は社会人として認められる資格はないだろう。社員の仕事の一つとして、自部門のシフトを作成する仕事がある。先日上司から「4月のシフトを3月21日までに作成するように。またセールが始まるのでそのセール中の各部門従業員の事前残業申請も3/21までにするように」とメールで来ていた。私は"当然"自部門内のシフトはその日までに、少し近隣部門との兼ね合いがある関係で作成し、残業申請も部門内の従業員に話して了承の上、上司に提出した。なのにAは昨日22日になってもシフトを作成していなかった。シフトを作っていなかったのはAの部門だけで、当然パートさんからも「早くシフトを出して欲しい」と不満の声があがる。昨日になっても作成されなかったので私はAに「シフト作らないんですか?」と問いただしたところ、「あなた、まず◯◯さん(別の部門の社員)と休みカブりすぎ」とまず一言目に何故か怒られた。何故納期を守っていない人から、シフトすら作っていない人間から怒られなければならないのか。しかも「カブりすぎ」と言われたのでシフトを見てみると、その人と私とは休みが月に2日しか被っていない。…どうやら月に2日被ったらAの中では「カブりすぎ」らしい。訳がわからない。「え、2日しか被ってないんですけど…」と言ったら「調整するからそれだけは覚悟しといて」とだけ言われた。それでまあ毎日社員が誰かしら遅番でいないといけないののだが、「それも兼ねてちゃんと作ってる?」と言われたが、何度も言うが何故納期を守っていないしそもそもシフトすら作成していない人から怒られなければならないのか。全部門の社員との兼ね合いを気にして作っている場合ではない。慢性的な人員不足なので近隣部門との売場フォローの兼ね合いで作らざるを得ないのだ。それを分かってくれない。「上司も社員もいない僕が1人になる可哀想な日があるんだよ」と言われたので別部門のシフトを見たが(いや普通にそんな日は出てくるだろ、と思ったがまあそこは百歩譲っていいとして)、どうもそういう日は見当たらない。…一体何を見てAは言っている?挙げ句の果てには「最終調整するから、少し動くことだけは覚悟しといてね」と言われる始末。腹が立って仕方がない。「こっちも別部門との兼ね合いがあるのでもうこれ以上動かせないんです」と訴えても「うん、でも最終調整するから」の一点張り。何度も何度も言うが、何故納期を守っていない人間に勝手にシフトを調整されてギリギリにシフトを動かされなければならないのか。もう上司から提示されているシフト作成納期は過ぎているのだ。納期を守らない人間が納期を守った人間のシフトに合わせることは"当然"のことだろう。だって「納期を守っていない」のだから。皆は納期をきちんと守っているのに。何故納期を守らない人間に合わせないといけないのか。何故納期を守らない人間が偉そうにするのか。そして何故納期を守らない人間が庇われているのか。社会の理不尽とはこのことなんだろうか。昨日、Aの定時は19:30だった。私が「シフト作らないんですか?」と声をかけたのは19:00頃だった。その時点でシフト表は真っ白だった。…残業を殆どしない(おそらくしたくない)Aが30分で作成したとはどうも思えないのだが、どうなのだろうか…。事前残業申請もしたのだろうか…。これでシフトを滅茶苦茶なシフトに変えられて、またパートさんから反感を買ったら本当にどうするつもりなんだろうか。

 

 

ここまで周りから反感を買っている存在なのに、訴えても訴えてもAは変わろうとしない。むしろ上司はAを庇っている。変えようとしない。本当に訳がわからない。Aのせいでパートさんが全員辞めてしまったらどうやって責任を取るつもりなのか。ただでさえ人員不足なのに。おそらくAは自分が悪いと思っていないのだ。悪いということに気付いていないのだ。自分の何が悪いのか。それくらいの姿勢でいるのだろう。最早自分が今いる部門が嫌だから、皆から反感を買って辞めたいと思っているのだろうか、くらいの勢いで考え始めているくらいだ。ここまで周りから反感を買う行動をされるとそう思わざるを得ない。ただ、周りに何も報告しない、シフト作成も滅茶苦茶、自分の都合に合わせてシフトを作成すると言った行動は前の部門にいた時から続いてるそうだ。一応言っておく。Aは社員だ。パートをまとめなければならない存在だ。そのパートを自分から崩壊させようとする姿勢が非常に理解しがたい。私はそんなAを見て「あ、自分の中での「常識」を「常識」と捉えてはいけないな」と思った。世の中には色んな人がいる。尊敬出来る人もいれば、この人どんな人生送ってきたんだよ、どうしたらそんな人間になるんだよ、みたいな人もいる。Aは少なくとも後者に値するだろう。もし職場の人間で大運動会をする機会があって、その中にドッジボールの競技があれば、真っ先に私はAにボールを投げつけるかもしれない。「普通」の人間の概念を忘れてしまいそうで怖い。

 

もう少し自分の中で尊敬できる先輩がいたらなあ。