おばあちゃん

 

実家にいます。今年初帰省。ようやく帰れた、と言いたい。前回のブログにて私はとてつもなく病んでいるということを無駄にアピールしてしまったクソメンヘラ野郎ですけれども、ここ最近本当に心が荒れ果てていました。自分でも引くくらい。実家に帰ってきて、少し心が穏やかになったような気がします。3月に入って初めての休みなので余計に。やっとゆっくり出来た…。

 

 

実家に帰って、母親に録画したSmaSTATION!!を見せられました。内容は泣けるドラえもんの映画特集。「織田信成が面白すぎるから見て」と言われるがままに見たのですが、号泣しまくっていた織田信成の気持ちがよく分かりました。

 

映画ドラえもんシリーズは、めちゃくちゃ泣ける。

 

その中でも特に泣いたのが「おばあちゃんの思い出」。

 

自分が大学時代、4年間祖父母の家に住まわせてもらっていたことを色々思い出して映像を見て思いっきり泣きました。どんなに酷いことをしたり、言ったりしてもいつも私の味方でいてくれたおばあちゃん。私も何回か「酷いこと言ってごめん」とおばあちゃんに謝ったのだが、「そんなの全然気にしてないよ。大丈夫、あんたが優しいのは分かってるから」といつも言ってくれたおばあちゃん。何を言っても優しかったおばあちゃん。本当に強い精神を持ってるな、と心の底から尊敬するのに、なかなかそれを態度に表せない自分の不甲斐なさ。色んなことがフラッシュバックして、涙が止まりませんでした。

 

 

私は小さい時から母方の祖父母が大好きで、実家が滋賀で祖父母の家は京都にあり、割と近いいうこともあって、暇さえあれば家に遊びに行ってました。ボードゲームやトランプなど、色んなことをして遊んでくれました。京都なので色んなところへ連れてってくれました。幼稚園や小学校の時は、八瀬のプールに連れて行ってくれたり、宝ヶ池に出かけたりもしました。家では私たちの遊びに何とか着いていこうと、おばあちゃんが頑張ってスーパーファミコン(マリオ)をやってくれて、下手なんだけど、私たちをいつも楽しませようとしてくれてました。たまに泊まりに行って、帰る時間になって、お別れの時は別れるのが嫌でいつも電車でピーピー泣いてました。

 

時は経ち、私も大学生になり、大学が京都にあるということで家に住まわせてもらうことになりました。祖父母は私が孫ということもあって心配で仕方ないのか、過保護に相当するくらいの愛情を受けていました。ご飯も過剰なくらい用意してくれたり、支度も全部してくれる。昔はそれが嬉しかったのに、今ではそれが「重い」としか思わなくなり、いつしかその優しさが辛くなってくるようになりました。辛くなって、酷いこともしばしば言ってしまうこともありました。受け入れてあげなきゃ、優しくしてあげなきゃ、とは思うものの、あまりの愛情の大きさに家に帰りたくないと思うことも増えてきました。夜遅くに帰ると迷惑をかけてしまうのは分かっているのに、なるべく接したくないから遅くに帰ってしてしまって、おじいちゃんに怒られることも度々ありました。それでもおばあちゃんは私がどれだけ遅くに帰ってきても、いつも起きて待っていて、私の支度をしてくれていました。「寝てていいのに」と何度も言うものの、「いいの、やりたいから」とだけ言っていつも支度をしてくれていました。

 

あまりの愛情の重さに母親に何度か「実家から通おうかな」とも相談しました。母親は「別にそれでもいいけどなるべくそばに居て様子見てあげて、あんたがいるから元気でやってけてると思うし」と言いました。本当は好きなのに、愛情の重さのせいでぶっきらぼうになってしまう私の態度に不甲斐なさを感じました。それでも結局私は4年間、祖父母の家に住まわせて貰いました。

 

大学を卒業して就職するとなった時に、就職の関係で私は埼玉に引っ越さなければならなかったので、必然的に祖父母の家を出なければなりませんでした。家にあった荷物を徐々に梱包していき、最後の日には当然ながらいつも居た部屋がもぬけの殻になりました。その光景を見て「ここの生活も終わってしまうんだな」と思い、泣けてきました。家を出る前の日に3人で記念撮影をしました。ただただ「ありがとう」という言葉しか言えませんでした。どれだけお世話になったか、計り知れないほどでした。

 

おばあちゃんはいつも言ってました。

「戦争に比べたら、あんたのことなんてなーんも気にならんよ。だから大丈夫。気にすることなんてなーんもない」

祖父母は戦争経験者です。第二次世界大戦時のお話を沢山聞きました。幸いおばあちゃんは戦争の影響をあまり受けていない状況にいたそうですが、おじいちゃんは少し戦争に関わりがあったそうです。でも、2人の心には戦争はやはりとてつもない衝撃と絶望を与えたようで、「あの頃のことを思い出すと今あることなんて全部ちっぽけだよ。あんたは幸せ者だよ」それが口癖なくらいでした。やはり、戦争を生き抜いてきた人は相当な精神の強さを持っていて、それなのに今クヨクヨ悩んでる自分が申し訳なくなってきます。

 

 

私には兄がいます。去年結婚しました。

祖父母は既に80を超えていて、体も昔のように動かなくなってきているのに、おじいちゃんは体を悪くして結婚式には出席出来なかったのですが、おばあちゃんはわざわざ結婚式に来てくれました。

結婚式の披露宴の際、お色直しのために隣について欲しい人をお互いに呼んで付き添ってもらっていたのですが、奥様の方は妹さんを呼んで会場を出られました。ウチの兄は誰を呼ぶのか…頼むから私は呼ばないでくれ…と祈っていたのですが(笑)、兄が呼んだのは、おばあちゃんでした。

おばあちゃんは初め状況を分かっていなくて普通に食事を楽しんでいたのですが、自分が呼ばれたことに気付いてからは、おばあちゃんは涙が止まっていませんでした。「小さい時からいつも遊んでくれて、本当にお世話になりました。遠くからわざわざ来てくれたこともあって、今回はぜひ付き添って欲しいと思っておばあちゃんを選びました。おばあちゃんありがとう」と兄が言って、私も泣きました。正直、披露宴はそこが一番泣けました。(笑)

 

私も祖父母が生きてる間に結婚出来たらなあ…せめてもの親孝行をしてあげたいなぁ…と、兄の姿を見て物凄く思いました。

 

祖父母の話をすると本当に色んなことが思い出されます。

 

そんな私は明日、祖父母の家に行ってきます。

「私は元気だよ」そう伝えないといけないな、と思いました。

 

私の「おばあちゃんの思い出」話でした。